気仙沼が…温かい…

 

こんばんは。

なんと2月に入って気仙沼があったかくなってきました。えっ?

 

噂によれば気仙沼は2月からが冬本番だと!!

昨日の最高気温は11度。

おかしい。地球がおかしいのか?気仙沼だけなのか?

 

しかし、今日からまた寒くなってくるそうです。

春がもう来たと思ったのに…嘘です。

 

ここから本番の冬を迎える気仙沼での生活をどう乗り越えようか、朝どうやって早起きをしようか…日々考えています。笑

 

DSCF2227

先日の夕日。

カメラではなかなか再現できないですが、すごくきれいな夕日でした。

 

その時、ちょうど大島中での学習支援を行っていたときで、

中学生がぽろっと「震災の前日の夕日がこんなんだったなー」と言っていました。

 

僕はどう返していいかわからなかったのですが、思い切ってその当時のことを聞いてみようと思いました。

ほんとは子どもに聞くのはあまり良くないと思ったのですが、関係性も築けているし、その子はよく自分から話してくるので思い出したくないということではないと考え、

(以下中学生A君)

A君「僕のおじいちゃん震災で死んだんだー。でも、今でも僕のこと見守ってくれてるよ!たまに写真の斜め上に移ってるもん。お父さんに聞いたらおじいちゃんだって!見守ってくれてんだって。」

僕「へー!じゃあおじいちゃんが守ってくれるから安心だね!」

A君「でも、震災後おじいちゃんがおばあちゃん連れてっちゃったんだ。その時はほんと怖かった。どうしよ、僕も連れてかれるかも…」

僕「大丈夫だって…」

 

 

こんな感じの会話でした。

ただ、中学生が僕のことをビビらせようと思った会話だったのか、ほんとに思ってるのかはわかりませんが、子どもたちをはじめここ被災地に住んでいる人はよく「震災後」「震災前」というように震災が中心に会話が成り立っているように思います。

「戦後」というように…

 

しかし、震災という大きな節目があったのにもかかわらず、被災地外で今震災の話が出てくることはほとんどありません。

2011年3月11日という大きな節目により、日本、世界に大きな変動があったのにもかかわらず。

 

もうすぐ、震災後2年がたとうとしています。

もう人一人の力で何とかできる問題はほとんどありません。。。

しかし、その一人の力で少しでも何かが変わる。じゃあ100人いれば?1万人いれば?1億人いれば?

 

一人ひとりが意識を少し変えるだけで、一人ひとりが少し笑顔になるだけで、この日本が世界が変わると…思いませんか?

 

これは妄想でもなんでもない。現実だと言える時まで僕は何かに一生懸命になりたいし、なろうと思います。

 

このブログを読んでくださった皆さんありがとうございます。

意味不明な文章ごめんなさい!

 

インターンの矢野大地でした!!

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